四十年代は、不況がスタートであった。オリンピック景気、大型の設備投資の反動で、停滞局面に入った。日本経済の成長力はスローダウンし、あらゆる業界に不況感が浸透していった。四十年度の建設投資は、前年度比わずか二・三%の増加にとどまった。昭和三十年代、大きな成長を続けてきた業界が初めて迎えた停滞であった。このような状況は、国債発行などの景気刺激策などにより、はっきり上昇局面に入った四十二年度後半まで続いた。
(参考)
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業界は工事量の伸びの鈍化で受注競争が激化し、また工事採算も悪化し不振を続けた。工事量の減少、金詰まりなどから倒産会社も数多く出た。しかし、四十三年ごろから始まった民間の大型設備投資は、建設業を再び高成長の波に乗せた。民間投資は、電機、自動車、鉄鋼、化学などの製造業をはじめ、商業、不動産などの非製造業まで幅広く活発に行われた。建設投資は、四十三〜四十五年度にかけては年率二三%の高い伸びを示し、建設各社の業績も、工事量の伸びと工事採算の好転から二〜三割の大幅増収益を続けた。この間、建設各社は伸びの大きい民間の建築拡充に努めた。とくに、土木中心の会社は総合建設会社の体制を整えるために積極的に拡充していった。現在、総合土木といわれる会社は、この期間に建築部門を大幅に伸ばしている。四十年代前半が民間の投資増なら、四十六年からは公共投資が牽引車となった。